「お互いに知り合ってない人をいきなり撮る。」ずっとそこに違和感を持っていました。

ポートレート撮影企画をはじめた頃、
それなりのクオリティーで撮ることはできると自負していましたが、
(職業や想定されている使い方・見せ方より奥にある)その人のことを知らないまま撮っても、
読んで字のごとく「表面的なこと」しか写し出せない、むしろ「遠い距離感」がそのまま写し出されてしまう気がしました。
だから、話してから撮るようになりました。

最初は、ただのお互いの「準備運動」のつもりでした。でも、話してみると、準備どころではなかった。

何人とも撮影前の対話をしてきましたが、その度にお互いに気づきがありました。
(対話=相互理解のために、お互い自分自身のことを話す。だから私のことも話します、がんばってコンパクトめに!)

ある人との撮影前の対話の中では、
「大きいのも、小さいのも夢って言っていいじゃないか」という話がありました。
私はそのときまで「夢は大きく描くものだ、それが当たり前だ」と思っていました。
相手を知るだけでなく、自分の常識・思い込みから解放してくれるのが対話であると実感する出来事でした。

私の具体的な対話の手段としては、
話を聞きながら、その人の言葉をなるべくそのまま書き留めます。
そして「さっき、こんなことを言っていましたよ」とご本人に返す。
私が感じたことや、聞きたくなったことも、正直に添えて。
答えを渡すことは、基本的にしません。
その人の中にあるものは、その人のものだから。ただ、隣に並んで、一緒に眺める。
そして何かをつかむ。

話を聞くとき、一つの入り口「今」からはじめますが、そのときお話のゴールは決ません。
取材なら、こちらが聞きたいことを聞く。
相談なら、解決に向かって聞く。
でも私は、その人が話したいことを、話したいだけ聞きたい。
仕事や将来に関係があるのかないのか分からないような話も聞く。
そんな話の中から、人それぞれの芯みたいなものが、ふっと出てくる。
それをなんとなくつかまえて、撮影のゴールを一緒に定めていく感覚です。(撮影を進めていく中でも言葉をかわしながら)

そうしていると、本人が「あ、自分はこうだったのか」と、自然に気づいていくこともあります。
私が引き出したわけではありません。もともとその人の中にあったものが、話すうちに、ひとりでに形になっていくだけです。

きれいな一枚を撮るだけなら、こんな手間はいりません。
数分で済む。それでも、わざわざ長く話してから撮る。
この”わざわざ”こそが、私のいちばん届けたいものなのかもしれない。

撮るのは、いつも「今」のその人です。
「ずっと変わらない本当のその人」、みたいなものを、僕は撮れません。
人は変わっていくし、私自身も変わり続けている。
というより、「変わり続けることだけは、変わらず続けたい」と思っている一人です。
だから、変わっていく途中の、今この一点を、正直に掴む。これが私の役割だと考えています。

対話ポートレート撮影

ポートフォリオ

フォトグラファー 座間雄貴 プロフィール

インタビュー:「ザマ、いま」に至るまで ポートレート撮影をライフワークに

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